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言われたことをやるのが好きな人と自分で考えて行動するのが好きな人に対して考えたこと

概要

言われたことをやるのが好きな人と、言われたことをやるのが苦手な人が居て、必要とされる場面が全然違うことに気がついた。 前者は、サラリーマンとして重宝されるのではないか。 自由にやって欲しいと言われるよりも細かく指定してくれた方が進めやすいそうである。 後者は、起業家やフリーランスに多いのではないかと思う。 言われたことをしない代わりに、その場の課題を解決することで成果を出す。成果主義のような考えの人が多い。 この違いについて考えたことを残す。

原因

言われたことをやるのが苦手な人の学生時代の話を聞くと、教師に言われた通りのことをするのではなく、 目的に対してより適した方法を提案していた。 例えば、学外のコンテストへの対策についてや、授業の進め方について、テストの内容や学習計画などである。 言われたことをやるのが苦手な人の中でも、自分から提案するのが苦手で聞かれたら答えられる人もいるかと思う。

これらの原因について、受け身自己肯定感の不足や、周りからの言われたことをする方が良いとの洗脳も理由としてあるだろう。 しかし、一番大きな原因は、常に「やるべきこと」が与えられる環境にいることである。 作業レベルにまで分解された常に「やるべきこと」があまり考えるこなく進められるように次々と用意されているため、 自分で考えて選択する機会が失なわれる。 その結果、「自分で考えて選択をすること」に対する習熟度が非常に低くなってしまう。

どうなるのか

多くの人が進路選択の場面において後悔していたり、他の人の就職活動に対して他の方法を取ればよかったと考えていた。 (特に統計を取ったわけではないが、自分の周りの人と話した定性的な情報である。) 進学先の選択として、大学よりも技術を身につけられる専門学校を選択したが、自分がやりたかったことが 技術でなかったり、向いていなかったりしてしまう。 大学生の就職活動の場面においては、自分と会社に対して調査・分析してマッチングを考え、 対象の会社に対して自分を売り込むといった高度なことを行うにもかかわらず、その事実にすら気がつかずに終わってしまう ことも多い。

よくある就職活動については、すでに自分の知っている会社の中から選択をして良い選択肢を見逃す、 OBに連絡をして教えてもらうこともなければ、知ってそうな人を辿って解決のヒントを得ることもない。

そのために

そのために、言われたことをやるのが好きな人は、できるだけ良いことを指示してくれる人の近くに行き、 すこしづつ自分で考えてみてもよいのではないか。 言われたことやるのが苦手な人は、そのまま自分で考える姿勢を継続しつつ、より行動について反省し 改善していくことが良いと思われる。特に、他の人に行動の理由を説明して、それに対して意見をもらうなど フィードバックがあるとよい。 支援する側の人は、対象の人が少しずつ考える機会を増やしていき、自分で考えて行動できるように支援したい。 失敗しても損失が小さなところで失敗をしながら学べる環境を用意したいです。

余談

常にやることが与えられる学校教育をそのまま受けることを望まれるのでなく、 常日頃から自分で考えて判断できるように支援しているISAK/JP のような所が増えるといいな。