結果を求めることに注力できない理由について考えたこと

概要

最近、自分の趣味は過程を楽しみながらも結果を求めることに比重をよせている。 上達するために振り切ってはいないが、多くの同じ趣味を持っている人よりも上達にかなりのウエイトが載っていた。 
しかし、自分の中で結果を求めない趣味があったことに気づいた。 自分の趣味における結果を求めなかったケースとその理由について考える。

内容

最近の自分の趣味としては、絵、写真、卓球などがある。 絵に関しては、最初は模写から入ったものの半年もしないうちにデッサン力を鍛えたり、完成物をイメージする練習をしたり、フリーハンドできれいな線を引く練習をするようになった。 写真も同様に、カメラの機能を覚えた後は基礎的な構図について調べたりしていた。 結果として、 どちらも大学のサークルに入っていたら周りの人からプロを目指しているのかと思われていた。

卓球も同様で、サーブ練習からレシーブ練習、三球目攻撃などの基礎的に点数を取れる方法と、練習が結果につながらないのはなぜなのかの理論をしらべたりした。

将棋は、ほとんどやったこともない年も何年もあるが、昔からやっている趣味であった。 しかし、たまに気分転換にアプリでやっていたゲームである将棋に関しては、上達の王道と呼ばれるような定石を覚えることや、詰将棋をやることなど、基礎を身につけることをあまりしていなかった。 CPU対戦があるので、基本的に相手に困ることは無く勝ちが続くように慣ればレベルを上げるということを繰り返していた。

定石を覚えることに挑戦したこともあるが、覚えるのが楽しくなかったり対局での応用の仕方がわからず挫折した経験から定石を覚えることを辞めてしまっていた。 もちろん、プロの対局もNHKで放送されているものでさえ、時間がかかるため見ることもしたことが殆ど無い。

しかし、こちらの動画を見てから定石を学ぼうと考えるようになった。 https://www.youtube.com/watch?v=6hb3HP2pNoU

3分切れ負けということで、対局時間が圧倒的に短いことと、実況者の人が思考発話しながら対局をしてくれるので何を考えてどう打ったかが分かり、定石の使い方を知ろうと思えたからだ。

逆に考えると、自分が定石を学ぼうと思わなくなったのは、有効性を学ぶこともなかったし、組もうとしていた定石を崩された時に対応できなかったからである。 あとは、使う量に対して覚える量が多く感じてしまい活用しづらかった。

こちらの方の別の動画では、覚える量を減らして定石を使えるようにする方法について紹介されていた。攻め方と、守り方を絞って覚えるということであった。量を覚えなくても良い方法がわかったことで、自分の中でより定石へのハードルが下がった。

趣味に限らず、ライフワークでも自分は基礎理論を学びまくって、現実に応用することで他の人が出せない結果を出すのが好きだったのに、将棋に関してはそれがなかった。

自分が定石を学ぶ時に陥っていた学ばない理由を、他のことに置き換えて他の人が学ばない理由を減らしていきたい。