類似と思考 1章の内容メモと感想

内容の紹介

一文自分の中での補足や説明をしながら、本の本筋を紹介しています。

人の考え方と、論理の考え方には乖離があるよね。

抽象的なルールを使って生きられればいいよね。 だから、論理学者は、最も抽象的なルールを使って問題を解決していると考えた。 「晴れたら遠足に行こうね」のような。 しかし、人は論理的に物事を考えるのは苦手で、文脈によってできたりできなかったりする。 「4枚カード問題(ウェイソン選択課題)」で、母音の裏は偶数であるときには?と聞くと、 奇数の裏を確認する人はいない。 しかし、未成年はお酒を飲んではないけないというルールだと、未成年も、お酒を飲んでいる人も調べることができる。

またもう一つ。 「刑務所に入るのであれば、犯罪をおさないといけない」というという、 利得と対価が反対のような問題を作られると、正解率が下がる。

論理学的に人が考えられない理由

論理学では、前提は疑うべきではなく、前提とする情報以外は考慮しなくて良い。 しかし、我々の生活の中では、日々新しい情報を獲得しながら、それを活用しながら生活していく。 そして、与えられた前提を疑ったり、足りない前提を補ったりすることが多い。

論理学では、「寒い地方では綿花が育たない、イギリスは寒い、イギリスで綿花は育つか?」の綿花やイギリスといった、名詞はシンボルである。しかし、それは現実世界では意味をもつものであるから。「イギリスは植民地が多いときなら、イギリスで綿花を育てている場所があるかもしれない」など。

人は、学んだ抽象的な知識を文脈の中に適応するのが難しい。

数学の問題について考える。 上記のことがかんたんにできるのであれば、みんな例題を問いて練習をしたら、応用問題が解けるはずである。しかし、そうではない。

新しい抽象的なルールを学んでも、適応対象の何が変数なのかわからないし、ルールのどの部分に適応するのかも分からない。

ってことは、心理学の理論をいくつ学んでも、なかなか現実世界に適応することは難しいってこと。

感想

書いてみたものの、自分の中で論理学の紹介がどんな目的で出てきていたのか、うまく理解ができていなかった。再度読み直して理解を深めたい。