不快/不満から考える自分の価値観

不快/不満から考える自分の価値観

問題の構造

仕事において、不満を感じやすい人もいれば、感じづらい人もいるだろう。 しかし、同じ行動をみたり、同じように接されても不満を感じる人と、不満を感じない人がいる。 そこで、何が不満を感じる原因になっているのか、考える。

上で、「みたり、接されても」と記述したが、不満を感じる原因に関しては、 直接な利害を発生しない見る場合と、直接的な利害が発生する接される場合が考えられる。 今回は、こちらに関して場合分けしながら、考えてみる。

直接的な利害があるかないか

直接的な利害を発生しない見る場合については、 例えば、他者へのマネジメントとして適切ではない叱り方をみたときに不快になる人ような状態があげられる。 これは、自分に直接的な利害がないが、他の人に対して良くないことが行われていることに不満を感じる。 しかし、これは聞いた人が適切なマネジメントという基準を持っているから発生するのではないだろうか。 これは、マネジメントの技法として適切かどうかに限らず、自分の持っている基準を満たされていない行動に不満を感じているのではないか。

直接的な利害が発生する接される場合については、 例えば、自分へのマネジメントとして適切ではない叱り方をされたときに不快になるような状態があげられる。 これは、自分に対して直接的な利害が発生して、不快/不満の感じる。 では、こちらはどうだろうか。 同じ接し方をされたとしても、人によって、状況によって不快/不満を感じる程度が違うのではないだろうか。 もし、対応を受ける人がひどい叱り方を過去に受けていると、その人の中の期待水準が下がったり(管理職の接し方とはこんなもんだなど)、慣れが生じていたりすることで、あまり不快にはならないかもしれない。 逆に対応をウケる人が、ホワイトな会社でポジティブな接し方を続けられる経験しかなければ、大きな不快/不満を受けるのではないか。

直接的な利害が発生される場合と、されない場合に分けて考えてみたが、それよりも、その人の中の基準がどこにあるかの影響が大きく、利害に関しての影響が少ないのではないかと考えた。 この結論に関しては、自分の中の思考という限定的な観測範囲で思考しているため、違いがあるのか、違いがある場合は何が大きく影響するのかを改めて調査したい。

仕事やスキルを分解して理解することで仕事のミスマッチを減らす

「求人サイトでスキルを入力してください」といった質問が記載されていた。 こういった場合、人によって粒度が異なることもあるのではないか。 例えば、「プログラミングの研修」と記載した場合、それは一つの仕事の名前であるから、受発注には使いやすいが本人が自己理解することにはつながりづらい。(そういった目的はないのだろうが)

この「プログラミングの研修」の構成要素を分解することで、抽象的な得意なことを理解しやすい。 プログラミングの研修には、どんな仕事が含まれているのか。

上げてみると色々上がる。 目標設定、現場の調査、リソースの確認、費用対効果、中長期的な戦略、アサイン、リソース調整、研修全体構成、講座の構成、レビュー

このとき、プログラミングに依存しているものを確認するとほとんどなかったりする。

また、ここから自分の担当しているところが研修の設計で、目的などは上から決められていたり、資料の作成はするが講師は別の人物だったりすると、研修の設計から教材作成といったスキルが挙げられる。

自分のスキルが、「プログラミングの研修」なのか、「研修設計と教材作成」であり具体例がプログラミングの研修であるのか、では 今後マッチする仕事が異なるであろう。 広く仕事を設定する方が得やすくなるかもしれないが、得た後の不満は起きづらい。

こうして、自分のスキルの分解をして抽象化することで、仕事のミスマッチを減らしていきたい。

記憶するときに、データ設計していますか?(ポエム)

ポエムと書いているのは、記憶分野の勉強をやってないので、感じたことを書いているという意味です。

「資格試験をとっても使えない」と言われることはないでしょうか。 これがは、記憶の保存方法を試験の問題に最適化してしまうから、発生するのではないか。

紙の電話帳だと、お店名をキーにして順番に記録されていて、そこから電話番号を検索する。 逆に、電話番号をキーとして保存していないと、電話番号からお店を検索することができない。 なので、かかってきた電話番号はどこからだろう・・・?と思っても調べられない。 こういったことが、勉強の仕方を失敗すると発生する。

資格試験でよくある事象は、理論名をキーにして、現象を保存したり、人名をキーにして、現象を覚えている。 たとえば、「三宅なほみ」というキーを使って「建設的相互作用」を覚えていても何も現場で使えないだろう。

しかし、現場で使おうとすると、「現場でこの理論を使うのはどういうときか」と考えないといけない。 「理解を深めるための方法」や「研修の形」と保存しておけば、研修を設計するときに「建設的相互作用」を発生させる。

たとえば、

「理解を深める方法→建設的相互作用」 「建設的相互作用→複数人が話をすることで、他の人の発言に影響を受けて新しい発想を生む」 『建設的相互作用→使用上の注意としては、「詳しい人に教えてもらう」という状況を作らないで、みんなが発言できる場を作ること』

現場で使うとすると、こうなる。

また、意図せず発生したものを発見するためには、 「複数人が話をすることで、他の人の発言に影響を受けて新しい発想を生む→建設的相互作用」と記憶されていないと難しいであろう。

現場で使えるようになろうとするだけなら、よく資格試験で問われるような以下のデータは保存する必要がない。必要な時に検索すればいいんだろう。 「建設的相互作用→三宅なほみ」 「建設的相互作用→1986年の博士論文」

熟達的な概念を使うと、熟達して現場で活用するためには、おそらく数学の公式を覚えた後に何度も取り出す練習をするわけだが、あの練習が必要であろう。

何かに対して取り組んでもらうために動機づけする方法論

動機づけは多くの場面で必要になるので、動機付けの方法を考えてみたい。

今回の動機づけの位置付け

今回は教えることにフォーカスしたARCSモデルなどではなく、物事を達成することにフォーカスする。 
何かに取り組まないという状態には、いくつかの理論がある。 方法としても、動機づけを内発的な動機にするか、外発的な動機にするかで大別できるが、比較的簡単な外発的な動機づけを考えたい。

外発的な動機付けの中でも、今回は有機的統合理論の自律的な動機にあたる、同一化調整や統合的調整に分類されるような接近的な動機づけについて考える。

利用する理論

過去のメタ認知の記事メタ認知における方略が使えない状態について調べたことでも書いたが、得られるリターンと必要なコストについて考えるようであった。

また、達成動機づけの中でも期待価値理論では、課題を達成するためには、個人的な特性、主観的な成功確率、成功時の誘因が関係するとあった。また、失敗の確率や、失敗の誘因も影響する。

考えること

どちらの理論も親しいこと述べている。 今回は、個人的な特性に関しては触れず、他の部分を考慮したい。

すると、何かに取り組んでもらうことを考えると、そこから得られるものの価値を伝えて、成功率を上げられることを理解してもらえばいいことになる。また、失敗したときに何かを失うとすると、その失敗時の発生する問題の軽減方法を理解してもらえばよいのではないか。

  • 成功時に得られるものの価値を伝える
  • 何かの情報を伝えることで、主観的な成功率を上げる
  • 失敗時のリスクやコストを軽減する

成功時に得られるものとしては、社会心理学的な観点だと相手の価値観によって換算される価値が異なる。 相手の価値観を理解して、それを満たすものを紹介する。 相手に合わせて説明できない場合は、多くの人の価値観を満たせるようにいろいろな価値観に対する説明を織り交ぜる必要があるのではないか。

自己効力感などは人によって異なる。 成功率を上げるという意味では、課題の難易度を大きく見積もりすぎている部分があるため、適切な見積もりの方法や、見積もった結果について紹介するのが良い。 対話的に聞けるのであれば、どういう不安があるか、どういった事で失敗すると思っているかを確認することが良いと思える。 ありきたりだが小さな成功体験は成功への自信につながるだろう。結果として主観的な成功率を上げることになるのではないか。

失敗時のリスクやコストも同様に不安という言葉で相手に聞いてしまうのが良いであろう。 失敗したときに何を失うと思っているのか。それがわかれば、その失敗をしにくい行動を取るようにできる。

参考:

メタ認知の観点から

・方略を知らない状態である「媒介欠如」 ・方略を知っているがうまく使えない「産出欠如」 ・問題解決の促進に役立ってない「利用欠如」

・効果が低いと考えている ・コストが大きいと考えている

・ メタ認知: 学習力を支える高次認知機能 ・メタ認知における方略が使えない状態について調べたこと

インストラクショナルデザインの本より

上手な教え方の教科書から一部変更

・適切な知識を持っていない ・適切な場面で利用できない ・複数の要因を分解できない ・自分の今の状況が理解できてない ・練習が不足していてできない 
## 期待価値理論についての説明

心理学科 松尾直博 第11回 続 達成へのモチベーション -J. W. アトキンソンの研究-

情動と動機づけについて調べたこと

概要

「モチベーションの12の理論」において、意識的な動機づけより無意識の動機づけの方が日常行動がよく予測できるとの説明があった。 そこで、動機付けと情動の関係や無意識について調査した。

情動と動機づけの違い

こちらの資料の一部を加工させていただきました。: 「動機づけと情動 (現代心理学シリーズ 4)」、今田 純雄、北口 勝也2015

  • 喚起された行動の持続力が異なる
    • 情動:数秒〜数分で生起、すみやかに収束
    • 動機づけ:生物的動機は、目標が達成するまで
  • 無い定期要因の関与の仕方が異なる
    • 情動:外的事象に対する反応
    • 動機づけ:内的要因(生活必要、心的必要)
  • 認知プロセスの関与の仕方が異なる
    • 情動:外的事象の認知プロセスが必要
    • 動機づけ:認知プロセスは必ずしも必要でない

無意識

抜粋

ある活動についてどのように感じているのか内政報告させたとしても必ずしもそれは実際の行動を予測するとは限らない。自己申告による回答の信頼性は社会的望ましさの影響が混入しやすい対象と混入しづらい対象で異なる。

感情誤帰属手続き(AMP AffectMisaattribution Procedure)は、特定の概念に対する潜在的な感情反応を測定する方法。

人は曖昧な対象や事象に対して判断を求められうrと、判断時の自らの感情状態などに依存した誤帰属をしてしまうことを利用して測定する。 先に黒人の写真をみせたときに、被験者の反応を歪める程度を見ると、参加者がポジティブないしネガティブな評価を黒人に対して潜在的に抱いていると推論できる。

参考

考察

こちらを見ていると無意識で研究している目標は、遊びと勉強に対する無意識と意識の話を扱っている。 「遊びよりも勉強を優先する」「健康のために禁酒する」「人には親切にする」のような、どちらをしている方が良いかなど、願望は見栄が入りやすいテーマに対して無意識を測定することが特に効果的であると理解した。

その他

誤帰属の研究においての説明は、こちらがわかりやすかった。

僕が開発プロセスの支援を最適な仕事だと勘違いしていた理由

開発プロセスの支援が最適な仕事だと考えていたのは、少し前の話である。 しかし、最近キャリアの勉強を進めるうちに理解が深まったので紹介したい。

そして、過去にこんな記事を書いた。僕がプログラマーを最適な仕事だと勘違いしていた理由

過去の勘違いした理由まとめ

前回のプログラマーとしては、好きなこと、得意なことの一致について考えた結果、一致していない、一致度が足りないといった結論を出した。

にもかかわらず、どうして新たに最適な仕事だと勘違いしたのかを説明する。

過去には、いろいろなところが提供しているフレームワークである、「やりたいこと、できること、求められること」のフレームワークで考えてしまっていた。

欠けていたのは意味や価値

しかし今回は新たに元ネタというか、元になっている書籍にあった『自分のアンカーを探る3つの問い』を参考に考えるようにした。3つの問は、「自分は一体何が得意か」「自分はほんとうのところ何がやるたいのか」「何をやっている自分に意味や価値を感じられるのか」である。

比較すると分かるが、多くのところで「求められること」と考えられているものは、「自分に意味や価値を感じられるか」に該当する。

新たに「開発プロセスに対して意味や価値を感じられるか」というと、全く感じられないわけではない。 しかしながら、もっと意味や価値を感じられることは何か、と考えると、他のものが多く浮かぶわけである。 これに関しては、職種として個人の働きが対象になることもあるだろうし、会社や組織として成し遂げようとしていることが対象になることもあるだろう。

自分が助けたいと思っている人が助けられているのか、世の中に貢献できているのか、のような問になるだろう。

自分に当てはめるとどうなのか

「やりたいこと、できること、求められること」の3つの項目的に考えると、開発プロセスの支援は、自分にとっては「やりたいこと」「できること」「求められること」が一致していた。 おかげさまで、プログラミングよりも短い期間でスキルを身につけることができ、時間単価高く仕事をすることができていた。ビジネスという意味では費用対効果の高い投資だったと言えるだろう。

しかし、「意味や価値を感じること」かどうか考えてみると、どうだろうか。 周りの人が本当に心底楽しそうに開発プロセスの支援をやっていて、それに価値を感じていることを話しているのを聞いていると、自分はそこまで価値を感じているんだろうか、と思った。

自分が意義を感じたり、幸せになってほしいと思う人はどんな人だろうと考えた。

深く考えるまでもないが、自分は開発しているチームが無駄なく生産できるようになることよりも、 人が勉強したことが活かせるようになること、人が素晴らしいキャリアを描け、楽しく仕事をできるように近づいて行くことにこそ意義を感じる。

これは、だんだん満たされてきているからかもしれないが、自然にやっていることからも考えられるのでは無いだろか。満たされた状態で無意識にやっていることは、さらに上の段階に行こうとしている行動ではないだろうか。

ブログで、どんな記事を書こうとしているのか、何を好きでやっているのか、一番嬉しかったことは何なのか。

その結果、自分は、「人生がいい方向に変わりました」といってくれる人、そうなる人が増やしたいんだぁと、 個人の人生を良くすることにエネルギーを使いたいんだなぁと思う。

段階的に、満たしていくのが良いんだろうか。 一気に満たせないのではないか、とふと思い立った。

モチベーションを上げたいマネージャーがモチベーションを上げられない原因分析

モチベーションを上げたいというマネージャーからは、「仕事に関してあまり能動的では無いので能動的にしたい」といった要望をよく聞く。

彼らは仕事に関してモチベーションが高いにも関わらず、自分よりモチベーションが低い人のモチベーションの上げ方は分からないようである。

そのため、モチベーションを上げたいマネージャーの分類と、対策について考察したい。

結論

・多くのマネージャーは、モチベーションを無意識に上げてしまったため、意図的な上げ方が分からない。 ・マネージャーのモチベーションといっても人によって様々で義務感からやろうとしてる人もいるし楽しんでいる人もいる。

全体

「モチベーション」「動機付け」の定義は、認知科学辞典によると『目標を達成しようとする行動を発動させ、持続させる力、すなわち動機の動作プロセス全体を指す』とあった。マネージャーと話している限り、こちらの認識でズレはなさそうだったのでモチベーションの定義はこちらとして話を進める。

モチベーションの高いマネージャーが、モチベーションの上げ方が分からない問題に関しては、2つの解釈した。

モチベーションがもともと高い人がマネージャーに選ばれている場合。ということは、マネージャーは意識せずモチベーションを高めたために、部下のモチベーションの上げ方は分からないようである。上司の振る舞いが上手くいつのまにかモチベーションを上げられた場合は、

自分でモチベーションを高めた場合。モチベーションは、自分で高めるものだと

マネージャーのモチベーション分類

さらにこれを分解すると、モチベーションの高いマネージャーにも、外発的な動機が大きい場合と、内発的な動機な動機が大きい場合がある。

外発的な動機には、「報酬を貰えるから」「職にあぶれないように」など、接近的な動機から回避的な動機まで存在している。

内発的な動機に関しては、内発的な動機が発生しやすい人と、内発的な動機があるものを職にしている人がいる。前者は、「何を与えられても楽しもう」と考えるような人である。後者は、自己分析と会社調査をした結果や、転職を繰り返しながら考えた結果として、モチベーションが高くなるものを職にできている人である。

最後のパターンは、意識的なモチベーションを高めている例である。しかし、こちらは、モチベーションは誰かにあげてもらうものではなく、自分で上げるものだという認識が強い。また、人によってはモチベーションの高い職に変わることが必要だと考える場合もあるだろう。

考察

これまでモチベーションの上げ方として体系的に学んでいるものもおらず、たまたまモチベーションが高い人がマネージャーとして抜擢されているように感じる。

モチベーションを上げるためには、モチベーションの理論を知り試していく事が重要であろう。 これについては、個人差もコンテキストの影響も大きいため、自分で全て試してみることもできないことは気をつける。

また、こういった施策をやる場合において、周囲や対象者から信頼されている事が条件となる。これについては、別途、記事にまとめる。